総隠蔽された「実印偽造」事件
2020.06.19
寝耳に水、自宅が競売に

2006年の暮れ、長崎県佐世保市から南に下ったところにあるのどかな農村を訪ねた。高台の一角に建つ木造屋の台所で、脳梗塞の後遺症が残る体をいたわりながら沢口八重子さん(仮名・77歳)は話す。「自宅を競売にかけるっちゅう連絡が裁判所からきてな。驚きました。借りた覚えがないのに…」

2002年夏、自宅を競売にかけるという連絡が裁判所から届いた。亡き夫と苦労して手にいれた自宅だった。それを失いかねない緊急事態である。とるものもとりあえず伝手を頼りに弁護士のところに駆け込んだ。

弁護士が調べた結果、まず判明したのは次の2点である。

1.八重子さん名義の自宅(建物・土地)にCFJ株式会社ディックファイナンスが融資極度額700万円の根抵当権を設定している。

2.融資の借主は息子の一郎名義で、八重子さんが担保提供者になっている。

寝耳に水の話だった。権利証を持ち出したこともないし契約書にサインした覚えもない。理解に苦しんだ挙句に息子の一郎さんを問い質す。そして明るみになって絶句する。日をあらためて息子の一郎さんを取材した。彼は力ない様子で告白をはじめた。「借金のことで頭がパニックになっていたんです。母親に申し訳ない。何度も自殺しようと…」

数年前まで地元の交通会社に勤めていた。やがて会社の経営が悪化して退職し、知人の誘いで事業をはじめた。しかしうまくいかず消費者金融にカネを借りて資金を回した。借金はどんどん増えて数百万円となり、とうとう返済に行き詰ってしまう。

せめて10万円でも借りられないか。そう考えてディック佐世保支店を訪れたのが2001年春。ここから事件がはじまる。最初は融資を断られた。だが数日後、Kと名乗る社員から電話がかかってきた。

「母親名義の土地があるだろう、土地を担保にすれば貸せる」K社員は言った。なぜ母親が土地を持っていることを知っているのか奇妙に思った。伝えた覚えはない。登記簿謄本で調べたとしか考えられなかった。

社員が持ちかけたのは、サラ金の無担保融資数件の負債を一本化するいわゆる「おまとめ融資」だった。金策に窮した一郎さんにの目には魅力的に映った。だがそれには母親の同意が必要だ。絶対無理だとあきらめた。

ところが、断ろうとするとK社員は引き止めた。「権利証や実印がなくても融資できますよ」半分疑いながらも、カネがほしかった一郎さんは「おまとめ」の話に乗ってしまう。「実印がなくても」その意味はまもなくしてから分かった。

佐世保市にある長崎地方法務局佐世保支局裏の路上での出来事だった。「あらかじめ打ち合わせた場所で車を止めて待っているとKさんがやってきました。車に入ると小さな紙袋を取り出しました。袋の中身は真新しいハンコでした。母親の実印によく似ていまた。印鑑証明書の印影をもとに近くのハンコ屋で作らせたとのことでした」

偽の実印を一郎さんはK社員から受け取り、何度か試し押しをやった。そして指示されるまま、母親になりすまして契約書や委任状に偽の署名を書き、印をつく。やがてディックから400万円の融資が下りた。だが楽になったのはほんの一瞬にすぎない。

それまで借りていた他社の返済や契約時の手数料でたちまち消えてしまった。後は借金地獄に後戻りである。再び同様の手口で偽契約を結んで追加融資を受けた。それでも解決するどころか余計に苦しくなった。そして返済できなくなり、ついに恐れていたことが起きる。それが自宅の競売だった。

その後、沢口親子は弁護士を通じてCFJと示談をすることになった。結果、債務は弁済するという条件でかろうじて競売は取り下げられた。「罪悪感でいっぱいでした。でも引き返すことができませんでした」一郎さんはうなだれるようにつぶやいた。

司法書士も不正に加担

完全な不正融資事件だった。犯罪性も高い。ただ、話を聞きながら不思議な気がした。不動産担保融資は煩雑な手続きが必要である。特に担保にする不動産に根抵当権を設定する作業は普通、専門家である司法書士に依頼する。

実印が偽造されたとしても司法書士が八重子さんに一言「担保設定しますね」などと尋ねれば不正は簡単に見破ることができたはずだ。「人、モノ、意思」の確認は司法書士業務の基本中の基本だといわれる。なぜ登記できたのか。

登記手続き申請書類が長崎地方法務局佐世保支局に保管されているという。八重子さんの相談に乗っていた入山和明司法書士と二人でこの書類を閲覧することにした。

登記関係書類を綴じた分厚い冊子の中に、問題の契約書や委任状が見つかった。書名欄に八重子さんの名が書き込まれ、ハンコが押されている。一郎さんによれば八重子さん本人の字ではなくハンコも偽モノなのだが、一見するだけでは見分けがつかない。

書類を慎重に点検していた入山氏が声を出した。「保証書で登記している!」入山氏の説明によれば、保証書とは不動産の権利証を紛失した場合に代替策として使われる書類で、司法書士がつくるのだという。この方法は現在は使われていない。

その「保証書」によって根抵当権設定の登記は行われていた。だが八重子さんの権利証は自宅に保管されたままだ。紛失などしていない。どうやって「保証書」を作ることができたのだろう。そもそも作ったのは誰なのか。「作者」の名が登記書類に記されていた。木下義雄という佐世保の司法書士である。木下氏を訪ねて事情を聞くことにした。

沢口八重子さんの登記の件で伺いたいんですが。

木下 ちょっと言えない事惰がありますので。CFJと示談やってますんで。

印鑑が偽造されていますよね。

木下 それもちょっと…

八重子さんは木下さんをまったくご存知ないですよね。それなのに保証書で登記をしているというのはどういうことですか。

木下 その点についても話さないことになっています。

私が指摘したことは事実だと、そう受け止めていいですか。

木下 …(無言でうなずく)

動揺した様子で木下氏は「言えない」と繰り返した。本人確認や意思の確認をするどころではない。不正を承知で保証書をつくり八重子さんに無断で登記をした疑いは濃厚だった。

後になってCFJの内部資料を入手した。資料には百件以上の懲戒処分事件が一覧になっていた。沢口親子の事件もその中にあった。ディック佐世保支店のK社員は2002年2月1日付で解雇した。また佐世保支店長が諭旨退職処分となったほか、同支店の課長と長崎県内の別の支店長がこの事件に関連して降格された。資料にはそうあった。

佐世保支店の不正は実印偽造のほかにもあった。「顧客の元配偶者と共謀し、担保提供者に成りすまし契約」「担保提供者が病床に伏せている間に担保提供者に成りすまし、契約」「司法書士の立ち会いなしで契約」など6件の事件が記されている。内部資料には佐世保だけでなく全国各地の不祥事が多数報告されていた。

「和解書の偽造」「交渉履歴握造」「現金着服」「顧客名簿売却」「顧客属性改竄」「取引履歴改竄」…2002年3月から2003年10月まで約1年半の間に処分された社員は懲戒解雇、諭旨退職、降格、減給など130人以上を数える。現役社員によればこれも不正の「氷山の一角」だという。また、いずれの件も金融庁の行政処分などを受けた形跡はない。八重子さんの事件も処分はおろか、公表すらされていない。

実印偽造事件についてCFJに質問したところ、まるで他人ごとのような回答が返ってきた。「本件発生につき遺憾に思うと同時に、関与した社員をただちに解雇した。当該家族とはすでに合意に達しているが、家族の一員の関与があったことへの配慮から公表は適切でないと判断した」

2006年後半に入り、シティグループはCFJについて全国の支店を一挙に閉じ、社員を自宅待機させて暗に退社を促すという強引なリストラに着手した。表向きは「事業縮小ではない」とのポーズを取り続けていたが、貸金業規制が強化されることを先取りした動きであることは明らかだった。退社に追いやられた元社員と会う機会があった。彼は怒りを込めてこう話した。「まるで食い逃げ。法律無視のやり放題、政府はいつまで指をくわえて眺めているのか」

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2020.06.19 15:49 | 固定リンク | 日記

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